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「マーラが与えた人生」 [いろいろ思うこと]

「百万本のバラ」という歌が流れていた。プレゼントしたいんだったら、百万本でも一千万本でもするのは、それはそれでしたらいいと思う。ただそれを、好きな女の子の窓下において、遠くから様子を見ていたら、広い意味でいえばストーカーになってしまう。しかも見栄っ張りの。「曲はいいのになあ」と思っていた。

貧しいなかで百万本ものバラをプレゼントしたい気持ちがあるのなら、ちゃんとそちらまでうかがって、気持ちの言葉を添えてプレゼントしたらいいと思う。でも、「会ってもらえないかも」「嫌いだといわれるかも」「迷惑だといわれるかも」「・・・」いろんなネガティブな言葉が頭をよぎり、不安が増大しそしてその不安がまた不安を生んで、そしてやったことといえばストーカー行為。勇気を出して気持ちを伝えない限り手に入らなかったのに。そのかわり、一本のバラでも充分だったかもしれない。

そんな不安は今の日本でも同じように増殖しているように思える。見えないところまでカビが根をはわせるように。そして、食い尽くされ絶滅しそうなのは「勇気」。「不安」は何もしなくても増殖するが、「勇気」は行動をしなければ増殖しない。「勇気」はそれを形にしないと育たない性質のものなのだ。何もしないでいると、「勇気」はだんだんと心の中で声を上げなくなってしまう。

ちょっと話はそれるが、『金色夜叉』の貫一、あの有名な
「来年の今月今夜のこの月を僕の涙で曇らせてみせる・・・」(正確ではないと思うが)
しかも、来年再来年、十年後、死ぬまで今月今夜を忘れない、というあの男。それに
「月が曇ったらば、宮さん、貫一はどこかでおまえを恨んでいると・・・」と脅迫も。そのうえあろうことか、熱海の海岸でお宮さんを足蹴にする。今で言うDVですよね。お宮さんはその後も幸せに暮らせなかったという話だったと思うが、僕個人的にはお宮さんは貫一と結婚しなくてよかったと思う。本当によかったと思う。(富豪のところに嫁いだのがいいのかどうかは別として)ついでながら、後日、貫一は復讐のために高利貸しになる。・・・考えてしまいます。

閑話休題(もどっても閑話だが)。
「百万本のバラ」という曲の原題は「マーラが与えた人生」というものでラトビアの曲です。歌詞は全く違っています。
詳しく、またわかりやすい解説が下記に(原曲の訳詞あり、曲を聴くこともできます)
http://byeryoza.com/topic/log2006/mara.htm
上記のところを読むと(以下引用)
「マーラとはラトビア地方に伝わる聖母で、ラトビアと言う娘を産んだものの幸せは与えられなかったと言う意味が含まれているのではなかろうか?”これはお前の定めなんだよ”と諦めにも似たラトビアの悲しみが込められていると私は解釈しています。スウェーデンに、ポーランドに、ロシアに蹂躙された小さな国ラトビア。幸薄い母娘3代の人生を通して、ラトビアを語っています。」
また、
「子守唄のような優しい語り口に込められた”悲しみ”を汲み取ってみてください。最後に小さな子供がサビの部分を歌っています。ドキッとすると同時に”ラトビアはどうなるのだ?”と 突き落とされるような思いと共に、この歌が作られたソ連真っ只中の出口の見えない時代に引き込まれる思いがしてしまいます。」
とも。
ラトビア語のこの歌を聴くと、勇気を出して幸せをつかもうにも、あまりにも大きな時代の波の中で、ただ翻弄されるしかなかった悲しみが響いてくる気がします。
そしてまた、「自由」と書いて「フアン」とルビをふって生きているような感じのする今を考えさせられます。


コメント(1) 

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