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タロット、ソードの8の意味するものは・・・ [いろいろ思うこと]

タロット占いの仕事では、ウェイト博士がパメラ・コールマン・スミスに描かせたタロットデッキ、いわゆるウェイト版を使っている。
最近のタロット占いの仕事で、その人の未来に「ソードの8」が出た。絵柄は、8本の剣に囲まれるようにして、目隠しされ縛られている臙脂の服を着た女性が立っている、という図だ。
ソードは剣であり、ソードのスート全体を通して暖かみのあるニュアンスは少なく、ソードの8もその例にもれず、剣に囲われ縛られて・・・、というものだ。
ほとんどセッションの終盤になってからのことではあるが、8本の剣に囲われているのではなく、守られているのかもしれないという考えが浮かんだ。緩く縛られたその図からしても「囚われている」という意識から離れてもいいのではないだろうか。
彼女は目隠しされ縛られてはいるけれども、彼女自身の思考や意識は縛られることはない、むしろ、何かを思考するために、あえて言えば、精神的な成長のためにそのようにしているのかもしれない。
それは、例えば「さなぎ」に似ている。そう思ってこのアルカナ(カード)を見直すと、彼女の姿態はさなぎに似ている気もする。
完全変態。たとえば蝶などは幼虫から成虫になる途中の段階でさなぎになる。そのとき、さなぎは、その中で一旦どろどろになり、そして、成虫である蝶の形を作り直す。
ひとは、身体の形こそどろどろに溶けはしないものの、意識・思考においては、自分のものの見方や握りしめている正しさなど、手放し変化してゆくとき、意識世界はどろどろになっているのかもしれない。
その時は非常に不安定であり、自分の身体もそうであるが、自分の意識世界もあるところで守ってもらう必要があるのかもしれない。













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幸せですか、と問われ…… [いろいろ思うこと]

江戸時代なのだろうと思うのだが、家が貧しく女郎屋に売られたある女性の句でこのようなのを聞いたことがあある。

恨むまい、恨むまい、これも我が選びし道  

正確ではないかもしれないが、このような韻であり、意味だった。「売られた」境遇で、それでこのように詠むのかと思うと凄みを感じる。自分から選んでこのような状況になったわけではないのに、それでも「我が選びし道」と言い切れるこの感じは、私には強烈だった。
曲名は知らないが、戦後の頃の曲に「♬こんな女に誰がした〜」という一節があったが、そんなふうに人のせいにしてしまいたいところだが、「我が選びし道」と他を寄せ付けないところに、何とも言えないものを感じる。

先日、
「いま、幸せですか?」
とひとに聞かれた。
そんなことを聞くのはさだまさしくらいだろうと思うが、まあ、実際聞かれた。
そう聞かれて、

幸せも 中くらいかな おらが秋  (おそまつ)

と一茶先生の句をもじって答えた。

不満や納得できないことや辛いことなどは、たくさんある。
「おれって、不幸だな〜」などとは思わないが、かといって、
「おれって、幸せだな〜」でもないだろうと思う。
幸も不幸も安物の物干し竿の上で戯れているような感じがする。

ちょっと前のことになるが、ラジオに自称「忍者」が出ていた。
忍者はサイドビジネスで経営コンサルタントをしているということだった。
(忍者の方がサイドビジネスかもしれないが)
その忍者が言うには、

「何か不都合なことがあったら、『それはちょうど良かった』と言葉にして言ったらいい」

というのだ。
そう言葉にすると、脳がちょうど良かった理由を探す、というのだ。
なるほどね。

幸せだ、と言ったら幸せである理由を探すだろうし、
不幸だ、と言ったらきっと不幸な理由を探し出すのだろう。

それにしても「我が選びし道」というのは、幸、不幸を超え、自分の人生を生きているからこその凄みなのかもしれないなと思う。
とりとめのない話になったが、「ちょうどよかった」。



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東京モノレールにて [いろいろ思うこと]

ずいぶんと前のことになりますが、羽田空港から浜松町駅まで通っているモノレールに乗ったときのことです。
通路を挟んだ向かいの席に20代の中頃でしょうか、女性の二人連れが座りました。座るとまもなく、ご多分に漏れずおしゃべりを始めました。地方に撮影に行った帰りで疲れていた私には、ただ近くに乗り合わせた人であり興味もありませんでした。
話し始めてまもなく小柄な方が、もう一人の少し大柄でおっとりした方に何やら強い口調で主張をし始めました。話している内容はわからないのですが、「なぜあなたはこうしないのか」「こうすべきだ」というようなことのようでした。おっとりした方は、小柄な方の理屈がもっともだからか、その勢いに気圧されてなのかは判然としませんが、いずれにしても全く反論できずに受け入れざるを得ないといったふうなままうなだれ、顔を少し紅潮させていたようにも思います。
時折視線を向けた私でさえも、どんな話しかわからないけれども、そんな言い方をしなくとも……、と思えたほどの強い口調でした。
浜松町駅に着くまでその動くことのないシーソーは続き、その頃にはおっとりさんはすっかりうなだれ泣き出しそうなほどになってしまった。

私はそこで起こっている何かが気になって気になって仕方がなく、浜松町駅に着き、モノレールのドアが開きチューブから絞り出されるように人が降り、階段を急ぎ足で下りながらも、何となく二人を目で追う自分がいました。

改札を出て、人混みの中で小柄な方とおっとりさんに少し距離が出て、小柄な方が乗り継ぎのことか何かに気をとられているうちに、おっとりさんは、瞬間、身体を翻してその場を離れ、向こうの階段をあっという間に駆け下りて見えなくなってしまいました。本当にあっという間のことで、私自身起こっていることがちょっと飲み込めないほどでした。
小柄な方は、後ろにいたはずのおっとりさんに何か話しかけようと振り向き、そして、何歩か駆け戻りつれであった人が忽然といなくなっていることに直面しました。小柄な方の驚きようといったらありませんでした。忽然と消えてしまった連れ人。小さな子が母親を見失ってしまったかのような突然の孤独。遠目の私からは本当は正確ではなかったのかもしれませんが、彼女のほおが引きつっていたようでした。

私が見ていたのは、ここまでです。
私は内蔵に何か苦いものを感じ、身体が重くなってゆくのを感じました。
カメラバックを肩に担ぎ直し、左には三脚を持ち直しその場を去りました。










もはや戦後ではない・・・ [いろいろ思うこと]

「いずも」の武器等防護の任務、北朝鮮、オキナワの基地問題。
私が小さい頃に、リアルタイムで「もはや戦後ではない」という言葉を聞いたように思う。
もはや戦後ではない。すでに戦前である。
ことが起こってからでないと、それと気がつくのは難しい。





マリーが教えてくれたこと、または、哀れについて                           [いろいろ思うこと]

マリー・ローランサンのこの詩に出会ったのは、20代のことだったと思う。
題も忘れていたが、あらためて見てみると「鎮静剤」だった。
「何々な女より もっと哀れなのは」が何度も繰り返され、「鎮静剤」?

この詩を思い出したのは、アメリカのTのことを考えていたからだ。
人を指さしで非難し、おまえは黙れ、おれの言うことをきけという。
おれの言うことをきかないなら、おまえの首はきってやる。
トランプゲームなら勝っても負けても笑って一緒に遊んで楽しかったと言えるだろうが、
生身の人間はトランプゲームをしているわけではない。
ひとは様々な思いを抱えながら、それぞれの人生を生きている。

私はある種の人を見ていてときどきこんなことを言いたくなることがる。
「この土地がおまえのものだというなら、死んだときに持ってゆけ」と。
持ってはゆけない。
理由は簡単で自分のものではなく借りているものだからだ。
自分の肉体も含め、借りているということを意識し
「借りているものは返さなければならないから、大事に使わなければ」
と思うと何かが変わる可能性があるのではないだろうか。

Tのことを言うのにどのような言葉が自分にとってしっくりくるのかわからない。
わからないながら今の感じをマリーに助けてもらいながら言葉にしておこうと思う。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

  鎮静剤  
         マリー・ローランサン  (堀口大學訳)


 退屈な女より もっと哀れなのは
    悲しい女です。
 悲しい女より もっと哀れなのは
    不幸な女です。
 不幸な女より もっと哀れなのは
    病気の女です。
 病気の女より もっと哀れなのは
    捨てられた女です。
 捨てられた女より もっと哀れなのは
    よるべない女です。
 よるべない女より もっと哀れなのは
    追われた女です。
 追われた女より もっと哀れなのは
    死んだ女です。
 死んだ女より もっと哀れなのは
    忘れられた女です。

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 忘れられた女より もっと哀れなのは
    人の心に触れたことのない男です。


今の私はそんなふうに思う。
私はT本人に会ったことはない。大きな誤解があったら申し訳ないと思う。 
「Win Winの関係」などというのも時に白々しい感じがしないでもない。
でもないが、「自分ひとりだけ」が「幸せ」ということもあり得ない。






『民衆』の意味、あるいはカジノ法案のこと [いろいろ思うこと]

民衆、のもともとの意味を考えたい。
「民」という字は、目に矢(あるいは針のようなものが)刺さったという象形文字だ。
「衆」は、上の方の「血」は(この場合)元々は「日」すなわち太陽を意味する形から
変形しており、その下の方は、三人が(つまりたくさんの人が)労働をしている、
という意味。合わせて考えると、目の見えない人たちが太陽の下で労働をしている、
という意味。文字を作ったのは支配階級に属した知的階級だったろうから、
ろこつな上から目線の発想だったといえるだろう。
では、「目が見えない」というのはどういうことだろうか。
この文字ができたころには、一般の人たちの生活は豊かではなく、文字が読めず、
職業選択の余地もなく、生きてゆくのに奴隷的に肉体労働に従事するしか選択肢が
なかった人が多かっただろうと想像するのは難くない。

今の私たちにとって目が見えないという意味はどういうことだろうか。私の個人的な、
全く個人的な言い方をさせてもらえば、儲かるか儲からないかという目の前のニンジン
の揺れるままに行動すること、というような感じがしてしまう。
このまま時がたてば、いつしか儲かるか儲からないかが、選択行動するための判断の
すべての基準になってゆくことだろうと思えてしまう。

「カジノを含む統合型リゾート〈IR〉の整備を政府に促す議員立法」が通った。
(まだ半分だけど)「儲かる」ということの力は凄い。それは、依存症になる人は割合
としてかならず増えるが、そうした事を無視して儲けようということだ。
それは、「民」の目に刺さった矢だか針だかを、ひょっとしたら、自分で刺していると
いうことではないのかな。自分で刺すから「民」なのかもしれないが。

依存症の問題は大きい。依存症の問題に取り組んでいる医師たちが中心に行っている
MI(motivation interview 動機づけ面接)の学習会に参加させてもらっているが、
新たに生み出される依存症患者は多く、依存症から抜け出すのは難しい。そして何より
患者自身とその家族を破壊する。
しわ寄せは見えない者、弱者へやってくる。







日本、小径計画 [いろいろ思うこと]

小径計画(こみちけいかく)ということを考えた。
どういうことかというと、ただその地域そこ地域で、小径(基本的には一本道)を
整備する。そこに名前をつける。何でもいいのだが、思いつきで書くと・・・
「やんばる横断小径」沖縄本島北部、やんばる地域を横断するというコース。
歩行距離21キロ。宣伝文句は「歩くからこそ出会えるヤンバルクイナ」とか。
21キロだったら、途中にトイレときゅうけいができる東屋を作ることが必要だったり。
以前住んでいた長野県阿智村だったら、「あぜ道だけを歩いてもこんなに歩ける小径」14.7キロ。
「おひな様の小径」1.3キロ。
京都なら、それこそそのまま「哲学の小径」から始めてなにやらたくさんできそうだし。
富良野なら「恋人と織るパッチワークの小径(秋がお勧め)」
鳥取砂丘なら「砂だけの小径(体力ある人限定)」でもなんでも。
福島にだったら「智恵子が愛した小径」があったらちょっと歩きたい気分。
原宿表参道なら「こんなに人がいるのに小径」1.5キロ
友人が奈良県の十津川村に住んでいるが、「山奥すぎて誰も来ない小径(でも山菜や
キノコとれるかも)」といわれると、じゃあ、オレがいってやるぜと言いたい気分。
田舎の隣町はダリアが有名なので「ダリアの小径(期間限定)」ベタでOK。
たまたま今日ラジオで聞いたのだが、その地域では棚田の土手の草刈りが大変だから何か植えようということになって、みんなで話し合ってシバザクラを植えたのだそうだ。それがなかなかいい風景で季節には訪れる人も増えているらしい。そのような所にも、たとえば「早春の風に吹かれるシバザクラの小径(春限定)」などなんでもいい。
名前がついていれば、「そこに」行こうと思う力が働く。
ようは何でもいいのだが、安全に歩ける道があって、そこに「なんとかの小径」という名前があって、
距離によってはトイレの設置、場所によっては駐車場の確保が条件となったり、
あるいは、簡単に往復できない径では、径の端に公共の交通アクセスが必要だったりもするだろう。

金閣寺に名前がなかったら今ほど人は訪れない。
「百名山」があると百名山に行ってみたくなる心理。
登山では登山用品の店が儲かるだけだが、「小径」をつくれば、地域の活性化が見込める。
登山の道具をそろえずに歩け、健康にもよい。地域の共同体意識が生まれやすい。
整備の予算があまりかからない。地域をきれいにしようという意識が高まる。










ボブ・ディランのことを少し書こうと思う [いろいろ思うこと]

私が育った世代は、音楽的にはロストゼネレーションともよばれたりすることのある世代で、ビートルズでもなければフォークでもない。しいて言えば、しいて言えばだが、花の中三トリオだとか麻丘めぐみとかキャンディーズとか、アイドルの世代だった。(少し悲しい)
私はませていなかったし、ボブ・ディランを聞いて育ったわけではなかったが、改めて書くまでもなく、彼はベトナム戦争を問い、反戦を示唆し、アメリカに限らず多くの若者の共感を呼んだ。あれだけ戦争に対しての思いを叫びながら、何十年も歌いながら、今更ノーベル賞がもらえるのだろうか。
ダイナマイトは確かに役立ってもきた。しかし、何人人を殺しただろうか。そして今も人を殺し続けている。もちろん、ダイナマイトそれ自体に罪があるわけではないのかもしれない。問題は使う人にあるのだろう。それでもダイナマイトがなければ・・・、と思わないではないだろう。
「ノーベル賞」は権威である。学術に関わる人は、多少なりとも権威に関わっているだろう。そういう人はもらえばいいと思う。しかし、「自由」を生きている人には権威は意味を持たないばかりではなく、ものを持つことになるので不自由になりがちだろう。

名前は失念したが、ある落語家に弟子から伝言が伝えられた。
「師匠、大変です。師匠に文化勲章をくださるそうです」
というと、その師匠
「お、そうかい。それじゃあ、何かのついでにでも届けてもらえ」
って。
たしかに、頼んでもいないのをくれるというのなら、そっちの方から届けるのが筋かもしれない。

皇帝ペンギンの社会性 [いろいろ思うこと]

昔むかしのことになってしまうが、TBSラジオの「子ども電話相談室」を聞いていたら、(聞いているおとなというのもどうかと思うが・・・)ちっちゃな女の子が質問したんですね。
「あのね、あのね、ペンギン飼いたいの・・・」って。
答えた先生が言うには、ペンギンは菌に弱いのだそうだ。それで個人で飼うことはハイリスクであるためにお勧めできない、ということであった。(ハイリスクとは言っていなかった。もっとわかりやすい言い方をしていた)
菌に弱いから岬の先の取り残されたような所に住んだり、南極に行ったりしたのだろうか。それとも、そういう所に住んでいるから耐性が落ちたのだろうか。
こんなことを思い出したのは、皇帝ペンギンの事を書こうと思ったからでもあったが、永六輔がこの番組の回答者として出ていたからということもあるかもしれない。(合掌)

それはさておき、
皇帝ペンギンは、南極大陸に住んでいる。それだけでも大変だと思うが、卵を産み育てるために、交尾と産卵期には天敵がほとんどいない内陸まで行って(この行き来がまた大変なわけよ)、集団見合いをして(特定の相手がいたりもする)卵を産む。卵が生まれたら、氷点下なので卵を氷の上に置いておくわけにはいかない。卵はオスの脚の上、スカートのひだのような中で温められる。2ヶ月間。ずっと。体重は4割落ちるのだそうだ。その間メスは餌を食べに行く。(これもまた大変)
卵を温めているときにブリザードが吹き荒れたりもする。その時は、みんな(というのはオスばかり)が身を寄せて堪え忍ぶ。身を寄せるといっても、外側のペンギンはやっぱり寒い。それで、一番外側はなんとなく交替するのだそうだ。そうでないと外側からどんどん死んでいってしまう。
つまり、内側が温かくていいに決まっているが、「みんなが内側を指向する」と、外側から順々に死んでゆくことになるので、みんな死ぬことになる。
少しずつ譲ってみんなが生きるというのはすごいね。


野坂昭如が「おもちゃのチャチャチャ」を作詞とは変だと思っていた [いろいろ思うこと]

(この記事はおバカなのでご注意ください)
知られているのかそうでもないのか知らないが、
唱歌「おもちゃのチャチャチャ」は、あの野坂昭如の作詞だ。
野坂は他にも「黒の舟歌」なども作詞をしているが、こっちの方だと
野坂的な感じがあってしっくりくる。
いずれにしても、野坂は作詞家でもあったのだ。(どちらかというと
策士家かもしれないが)
さて、
『エロ事師たち』などというのを書いている野坂が「おもちゃのチャチャチャ」
はないだろう、と思い出すたびに思っていた。
あまりにも世界が違うし、接点が見いだせない感じがあった。
野坂の頭の中では、どんなふうにシナプスが伸びているのだろうと不思議だった。
そういう違った世界を同時進行的に書けるのが仕事人としての文筆家であろうとは思うが、
それにしても極端に違う。
と思いながらも、研究家ではないのでそのままになっていた。
ところが、
先日永年のナゾが解けた。
実は何と、野坂の頭の中では、
「おもちゃ」→「おとな」
「チャチャチャ」→「おもちゃ」
だったのだ!!!
で、それでは子どもの唱歌にはならないので、現存の詩のようになったのだ。
さらには、
・・・
みんなすやすや眠る頃(街にネオンの灯る頃)
おもちゃは(おとなは)箱を飛び出して(おもちゃを取り出して)
遊ぶおもちゃの(おとなの)チャチャチャ(おもちゃ)
・・・
というわけだ。
なるほど、フランス人形も登場して遊ぶわけだ。
ひざポンだ。
こうでなくては野坂昭如にならない。


ちょっと関係ない話をついでに付け足すと、
野坂昭如が大島渚をマイクでゴツンと殴ったのを覚えているだろうか。
一時期テレビのワイドショウを賑わせた。
何の場面かは覚えていないが、プレスリリースのため舞台の上に何人もいて、
マイクを持った野坂の話が終わり、そのあと持っていたマイクで
近くにいた大島渚を脳天からぶん殴ったのだ。
ものがマイクなだけに、そのゴンという生々しい音も一緒に流れ、
私もそれを見たときにはその音にびっくりした覚えがある。
たまたまそれを見ていたキンチョウの企画部の社員が
これだ!!と思って、「タンスにゴン」をネーミングしたらしい。
「マイクでゴン」から「タンスにゴン」というわけだ。
話しとしてはばかばかしすぎておもしろいとは思うが、
これに関しては眉唾物であろう。


















曖昧さの中に [いろいろ思うこと]

スクールバスを見て、自分が乗っているわけでもないがちょっと寂しく思ったりする。
学校にいるわけでもない、家にいるわけでもない、そんなどっちつかずの空間に道草は生えていて、その草をかじって、金儲けには役立たないことを育ててもらった。
起きているわけでもない寝ているわけでもない、まどろんでいる時間に何かわからないものを垣間見たりした気がする。
昼のように明るいわけでもない、夜のように真っ暗なわけでもない。そうした薄暗闇にいつもはいない何かが潜んで、かくれたままじっとこっちを見ているのがわかった。
寝る前に見た、木目がくっきり浮かぶ杉板の天井の、木目にも板の隙間にもいろんなものが住んでいて、毎晩じっとこちらを見ていた。
旅をしているとき、つまり、社会で働いているでもない、ご隠居なわけでもないというそんな時間の中じっとしていると、ふたをして重しの石を乗せていたはずなのに、そのふたの下の何かが、重しの石を揺らしてふたを持ち上げ、その隙間からこちらをのぞく。
体験したことはないが(正確には体験した記憶はないが)生と死の間にも、どちらでもないような時空間があるのだろう。日本人的にいえば、三途の川を渡っている途中のような。

そうした曖昧な時空間に命を吹き込んだひとりが水木しげるだった。
あるラジオの投書に「小さい頃、近くのどこぞの山の中腹に妖怪ポストがあるという噂が出て、友だちと冒険に行った」というのがあった。このてきとうであいまいなのに、妖怪ポストを探す冒険に行ったというが、見つけられなかったはずだ。・・・ないしょなのだが、・・・じつはむかし砂かけばばあからこっそり妖怪ポストのあるところを教えてもらった。ほんとはあそこにあるんだぜ。



死ぬことと学ぶこと [いろいろ思うこと]

結局死んでしまうのに、人はなぜ学ぶのだろうか?
とあるとき考えた。
もちろん、それぞれに理由はある。
ちょっと逆に考えた。
もし人が死ななかったら、学ぶのだろうか?
永遠に死なないのであれば、少なくとも今学ぶ必要はない。
今日でなくとも、明日でなくとも、1年後でも100年後でも
あまり変わらないかもしれない。どうせ死なないのだから。
今愛する必要もないかもしれないし、今考える必要もない。

結果に重きを置いているから、この話しはどこか変なのだろう。


「津波てんでんこ」深意 [いろいろ思うこと]

「津波てんでんこ」については以前少し書いた。津波が来るだろうことがわかったら家族のことを思って戻ったり探しに行ったりしないで、各自で逃げなさいよ、という言い伝え。このこと自体は全くその通りと思いながら、自分自身の中ですっきりしないものを抱えていた。それは、
「家族は本当に大丈夫だろうかと思いながら、自分が避難することができるのだろうか」
ということだ。
つまり、たとえば母親はたとえ自分が死んでしまうかもしれなくとも、子どもがそこに取り残されている可能性があれば、津波に向かってしまうのではないだろうか?ということ。
親は子を想い、子どもは子どもでかあちゃんやとうちゃんのことを想うと家に戻りたくなるだろう。
このことについて、ある防災関係の大学の先生が、学校でこのように教育することを提唱していた。

・・・・・・・・・・
おとうちゃんやおかあちゃんや家族のみんなは大丈夫だろうかと心配になりますよね。でも、たとえばおかあちゃんが「あなた(子ども)は家に戻るだろう」と思うと、心配で心配で心配でおかあちゃんはどうしても家に戻らないわけにはいかない。それはとっても危険ですよね。
それではどうしたらいいでしょうか。
あなたは今日家に帰ったら、おかあちゃんにこう言うのはどうでしょうか。
「津波が来たら『僕は必ず避難する』から、だから、おかあちゃんも僕のことは心配だろうけど心配しないで必ず避難してね。僕は必ず避難するから。」
もちろん、実際に津波が来たら必ず避難するのですよ。
・・・・・・・・・・・

うちの子は必ず避難するという信頼。逆説的ではあるけれども、家族間に信頼がないとてんでんには避難できない。

「なんくるないさぁ〜」 [いろいろ思うこと]

沖縄の言葉や食文化などが本土でも広く知られるようになった。
うちなぁぐち(沖縄の言葉)の「なんくるないさぁ〜」。
共通的な日本語でどんな言葉がしっくりくるのかわからないが、
「なんともない」「大丈夫だよ」などのようになるだろうか。

幸せ度合いは別にして、楽ではない生活が続いただろう沖縄。
低い山しかない小さな島は、その年のお天道さまの具合で、
すぐに飢饉にもなっただろうし、漁のできない日も続いたろうと思う。
人頭税も人々を苦しめた。
そんな中で、あるときは鉄の雨も降った。

たとえば夫を亡くした女性は、それでも生き抜かなければならず
子どもたちを抱えながらどれほど苦労したことだろうかと思う。
そうしたなかで、彼女たちはこう言うしかなかったと思う。
「なんくるないさぁ〜」
本当に何ともない人は、「何ともない」という必要などなかった。
自分を鼓舞しなければ生きられなかったのだろう。

あしたは、慰霊の日。

辺野古に作ろうとしているのは、替わりのものではない。
超巨大な軍港。
超弩級の空母も着岸予定されている。
海も人も、死んでしまったら
「なんくるないさぁ〜」とも言えない。

生きていればこそ。
そして、
生きているからこそ言わなければならないこと。







チェックシート [いろいろ思うこと]

きょう、話を聞いていて腑に落ちたことがある。
チェックシート。

これは大丈夫ですか、これは大丈夫ですか、これは大丈夫ですか、これは大丈夫ですか、
これは大丈夫ですか、これは大丈夫ですか、これは大丈夫ですか、これは大丈夫ですか、
これは大丈夫ですか、これは大丈夫ですか、これは大丈夫ですか、これは大丈夫ですか、
で、
全部クリアーして、・・・大丈夫です。
こういうチェックが必要なことには必要。

だけども、わずか12の「これは大丈夫ですか」を見ただけでも
何かがそがれてしまう感じがするのは、僕だけではないだろう。

「チェックシートは新しいものを創造しない」と言ったのは、
はやぶさのお父さん、川口淳一郎教授。
創造させない力が働く、といってもいいかもしれない。

新しいことにはチェックのしようがない。

余談だが、『「はやぶさ」式子育て法』を上梓したときには、
奥さんから
「あんたに子育てのことが言えるの???」
と言われたらしい。





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