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「津波てんでんこ」深意 [いろいろ思うこと]

「津波てんでんこ」については以前少し書いた。津波が来るだろうことがわかったら家族のことを思って戻ったり探しに行ったりしないで、各自で逃げなさいよ、という言い伝え。このこと自体は全くその通りと思いながら、自分自身の中ですっきりしないものを抱えていた。それは、
「家族は本当に大丈夫だろうかと思いながら、自分が避難することができるのだろうか」
ということだ。
つまり、たとえば母親はたとえ自分が死んでしまうかもしれなくとも、子どもがそこに取り残されている可能性があれば、津波に向かってしまうのではないだろうか?ということ。
親は子を想い、子どもは子どもでかあちゃんやとうちゃんのことを想うと家に戻りたくなるだろう。
このことについて、ある防災関係の大学の先生が、学校でこのように教育することを提唱していた。

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おとうちゃんやおかあちゃんや家族のみんなは大丈夫だろうかと心配になりますよね。でも、たとえばおかあちゃんが「あなた(子ども)は家に戻るだろう」と思うと、心配で心配で心配でおかあちゃんはどうしても家に戻らないわけにはいかない。それはとっても危険ですよね。
それではどうしたらいいでしょうか。
あなたは今日家に帰ったら、おかあちゃんにこう言うのはどうでしょうか。
「津波が来たら『僕は必ず避難する』から、だから、おかあちゃんも僕のことは心配だろうけど心配しないで必ず避難してね。僕は必ず避難するから。」
もちろん、実際に津波が来たら必ず避難するのですよ。
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うちの子は必ず避難するという信頼。逆説的ではあるけれども、家族間に信頼がないとてんでんには避難できない。