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みずうみコレクション(5)アラスカの氷河 [旅のこと]

仕事でアラスカをクルージングしたこととがあった。べつに自分で船を漕いだわけではないから、正確にはクルージング船に乗っかっただけだが。サンフラワー号といっただろうか、違うかもしれない。

「クルーズ」という雑誌の仕事だった。日本郵船が所有していたクルーズ船を宣伝したいということで、プレスツアーのうちのひと組で乗せてもらったのだった。
バンクーバーから出航して、アラスカのいわゆる「フライパンの取っ手」といわれる(だったと思う)のところを往復するというコースで、アラスカにしてはだいぶ南部を4,5日くらい航海したのだったと思う。

この船旅のメインは、なんといっても氷河。
狭いフィヨルドに入ってゆくと、いちだんと空気が冷えてくるのがよくわかった。そこをさらに奥まで低速で入ってゆくと、その突き当たりに氷河の断崖があった。「目の前に迫った」とでも表現したいところだが、その氷河の断崖はビルの5階か6階建ての高さがあるので、崩れ落ちたときに近くにいては危険なので近づけないのだ。
そのドッカーン!!と崩れ落ちるかどうかはわからないが、崩れ落ちる瞬間を撮らなければいけないので、三脚に300ミリ、f2.8をつけたF3を立てて構えていた。(300ミリf2.8は、買ったはいいものの、それほど使う機会がなく、使ってみたくてわざわざアラスカまで持って行った)
クリアブルーの巨大な塊が海に帰る瞬間はなんとも言えない迫力があった。船上の観客からはどよめきが起こる。
この頃はまだ地球温暖化のことは話題に上らない時代だったが、振り返って思えば地球温暖化は刻々と進んでいたのだろう。
本当はオプションで別料金なのだが、そこは仕事なのでヘリで氷河の上空を遊覧飛行するというのにも乗って撮影した。
それなりのスピードで飛んでいるのだろうが、それでも白い氷河は延々と続き、所々に悪意を持ってジャックナイフで切り裂いたような黒いクレバスがあった。

コレクションの「みずうみ」とは関係ないことになるが、この仕事をしながら、感じたことがあったので付記しよう。この仕事というのは、サンフラワー号の宣伝になり、クルーズという雑誌の記事としてなり立っているページを作るための写真を撮ること。
人はそれぞれ自分の「ものを見る距離」つまり、対象物に対して自然にとろうとする距離、そういうものがあるように思えた。その「距離」を肯定的な言葉で言えば「感性」とも言えるのだろうが。その自分の感性を信じることはそれはそれで大事なのだが、人に伝えるときには、その決まり切った感性は、平板な伝え方しかしない、つまり、雑誌の誌面になったときに、読者がページをめくるときに、そのページのどの写真にも同じ距離をとって見てしまうので、変化がつかず、写真の善し悪しとは別に、飽きやすいページ構成になってしまう。ということ。今の自分にとっては当たり前すぎることであるけれども、当時は今よりもものを知らなかった。
いまここで書きたいことはちょっと違うのだが、別の機会に続けようと思う。

また違うことなのだが、氷河→流氷→流氷飴、で流氷飴を思い出す。
大学の友人に網走出身のYがいた。
Yがある夏休み明けに、帰省のお土産に「流氷飴」をくれた。どんな味だったか忘れたが、その流氷飴をたいしておいしくない、というようなことをYに言ったのだった。Yはちらといやな顔をして、おまえには二度とお土産は買ってこない、というようなことを言った。
悪気があったとか、なかったとか、そういうことではない。あの時はすまなかった。氷河はとくにこれといったこともなく思い出すのだが、Yの流氷飴はいまだに溶けきらないで胸の辺りにある。

アラスカの氷河からはだいぶ離れてしまった。