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みずうみコレクション(4)四万十川 [旅のこと]

四万十川には、仕事でも行ったし個人的な撮影旅行などでも行った。5、6回くらいは行っているかもしれない。
初めて行ったのは「エンジョイ・アクアリウム」という隔月刊の雑誌(今はない)の「水の旅」というコーナーの仕事だった。このコーナーはレギュラーで撮らせてもらっていたが、毎回あちこちの川や湖などにひとりで行って撮影して文章を書いていた。もちろん編集者と打ち合わせをして今回はどこそこへということは決めるのだが、それ以外は全くひとりで自由にさせてもらっていた。
前置きはそれくらいにして。
その仕事で四万十川に撮影に行かせてもらったのが最初だった。
高知でレンタカーを借りて、四万十川の下流から上流へと川沿いを走り、途中あちこちで車を駐めては撮影した。それからまた上流から下流へとくだった。
四万十川には沈下橋という素朴な橋がかかっているのが印象的だった。沈下橋というのは、欄干を付けてない作りで、水量が多いときには橋ごと流れの中に潜らせて流れに対する抵抗を少なくしたものだった。四万十の清流と緑には、文化・風俗を感じさせる沈下橋はよく溶け込んでいた。どうでもいいことだが、この欄干のない橋を車で渡るときは、怖い。
話を川に戻すが、なんといっても圧巻なのが「最後の」とか「日本一の」という形容詞が付けられるその清流だった。
水というのは色や形はなく、その色も形もないものをどうやってどこそこの湖だとか川だとか海だとかというふうに差別化するか、というのは非常に難しい。しかし、それをしないことには水の写真にならなかった。
それで、四万十川では当然ながらその透明具合を写したいと思うわけで、それがまた悩むところなわけだった。

流れの中に腰の辺りまで入りながら釣りをしているおじさんを見かけた。なかなか風情のあるいでたちだったので、川岸から写真を撮らせてもらっていいかと声をかけた。おじさんは
「おー」と、いいよという返事をくれた。
それで、まあ、他に誰もいないからまあいいかと思って、ズボンを脱ぎ、ウォーキングシューズを脱ぎ、靴下を脱いで、下半身トランクだけになって川に入った。(思い出すとかなりみっともない格好だ)
首にぶら下げたカメラ。足の裏には磨いたように丸い小石があたる。転ばないようにしないと。
おじさんの方にいった。すぐ近くまで行って
「冷たいっすね」と話しかけた。
「それじゃあ、冷たいだろう」とトランクスまで流れに浸かった僕を見て相好を崩した。

おじさんは、釣り糸を入れたまま問わず語りに四万十川のことをいろいろと話し出した。上流のどこぞの川岸で採掘が行われたこと、手長エビがめっきり減ってしまったこと。
「・・・昔はこの川もきれいだったけどな、最近は汚れてきてよー」
といいながら、咥えていた短いタバコを川に捨てた。
おじさん、そうやって川にもの捨てるからじゃないの・・・、と思ったが言わなかった。

四万十川では、このことが一番印象に残っている。
川は勝手に汚れてきたわけではない。誰かが汚したから汚れたのだ。
このおじさん、特段悪い人だとは思わない。ただ、魚籠の中の釣果には神経質になるのだろうが、吸い殻の行方には関心がないようだ。
日本のある種の有りようを象徴しているように思えてならなかった。