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「なんくるないさぁ〜」 [いろいろ思うこと]

沖縄の言葉や食文化などが本土でも広く知られるようになった。
うちなぁぐち(沖縄の言葉)の「なんくるないさぁ〜」。
共通的な日本語でどんな言葉がしっくりくるのかわからないが、
「なんともない」「大丈夫だよ」などのようになるだろうか。

幸せ度合いは別にして、楽ではない生活が続いただろう沖縄。
低い山しかない小さな島は、その年のお天道さまの具合で、
すぐに飢饉にもなっただろうし、漁のできない日も続いたろうと思う。
人頭税も人々を苦しめた。
そんな中で、あるときは鉄の雨も降った。

たとえば夫を亡くした女性は、それでも生き抜かなければならず
子どもたちを抱えながらどれほど苦労したことだろうかと思う。
そうしたなかで、彼女たちはこう言うしかなかったと思う。
「なんくるないさぁ〜」
本当に何ともない人は、「何ともない」という必要などなかった。
自分を鼓舞しなければ生きられなかったのだろう。

あしたは、慰霊の日。

辺野古に作ろうとしているのは、替わりのものではない。
超巨大な軍港。
超弩級の空母も着岸予定されている。
海も人も、死んでしまったら
「なんくるないさぁ〜」とも言えない。

生きていればこそ。
そして、
生きているからこそ言わなければならないこと。







沖縄ドムスカウンセリングルーム やってます! [カウンセリング・心理のこと]

「・・・やってます!」などというと、冷やし中華を始めたラーメン屋のようだ。
それに「ドムス」などというのは、良さそうなそうでもなさそうな分譲マンションのようだ。
沖縄ドムスカウンセリングルームのブログを立ち上げなければと思っているのだけれど、とりあえすだいたいのことをここに載せようと思う。

カウンセリングは、今まで全く宣伝していなかっただけなのだが、口コミ・紹介などで連絡があると受けていた。
そうこうしていたのだが、最近必要があって
「沖縄ドムスカウンセリングルーム」という屋号をつけた。

屋号をつける必要があったひとつは、・・・
詳しくは書けないが、カウンセリングや相談を受けていると、男性の生きづらさをひしひしと感じさせられることが多い。男たちの、この袋小路に行き当たってしまった心をどうにかしないと、と思っていた。
それで、先月から「月に一度は男の集い」という男性限定の会を始めた。(先にブログに書いた)
この会の具体的な内容はまだまだ流動的なのだが、趣旨としては、心に抱えているものをお互いに話したり聞いたりする中で参加者に気づきが起こり、生き方やパートナーとの関係が自分自身によりしっくりくることをめざす、というようなこと。
ちなみに、この会のチラシをとある知り合いの精神科医に見てもらったら
「沖縄じゃあ誰も来ないよ・・・」と言われ
また別の精神科医に見てもらったら
「とても意味のあることを沖縄でやりはじめるんだね・・・」と。(※1)
とりあえずはまあまあな感じですべりだした。

クライアント中心療法でカウンセリングをやってきてはいたのだが、それに加えて、「タロットを用いたカウンセリング」(なかなかしっくりくる言い方が見つからない!)ということをやり始めたのも理由。どのようにやっているかなど、またブログに書く機会があるかもしれない。ないかもしれない。
タロットは当たるのか?などと時折聞かれるが、はっきり言って当たる。もっとしっくりした言い方をすれば、その人にその時必要なアルカナ(カード)が意味を持って出る。そういう点では、東洋の易によく似たところがあるように思える。
ついでなので書くと、このタロットを用いたカウンセリングのとてもいいなあと思うところは、カウンセリングの「敷居」をすごく低くしてくれたこと。
ちなみに、カウンセリングに占いを持ち込むのはいかがなものか、という声があるのも知っている。療法家の数だけ療法があるようなこの領域の中、タロット占いをしてそれをカウンセリングの話題提供に用いるのに問題はないでしょう。(むしろ、療法にかかわらずカウンセリングの質を問題にすべきなのでしょう)
もっと言ってしまえば、療法家・カウンセラーによっては「話を聞くのは大切だが、だからといって話を聞いてそれで何が変わるというのだ」と露骨にクライアント中心療法を否定する人もいるくらいなのですから。
ちなみに、このタロットを用いたカウンセリングは、ブリーフセラピーのひとつと認識しています。

好きな療法家としてはパールズ、それからアドラー、フランクルなど。
たとえば「実存主義」は、私の写真集『人間遺産』のサブタイトルとして書いている「あなたは宇宙が遺したかけがえのない存在だと思う」というメッセージに符合していてとても好きだ。クライアントにそういうことを感じてほしいと思わなくはないのだが、それは私のエゴであって、ただ私自身がそういう思いでクライアントと一緒にいたい思う。
パールズのゲシュタルトの祈りについても以前書いた。(なまはんか心理学、のどこか)
日本人では、児童精神科医の崎尾英子先生を尊敬している。崎尾先生のことを書くと長くなるが、すごいなあと思うところを簡単に言えば「人の言っている意味がわかる」ところ。

最後に「ドムス」の意味について書きましょう。
ドムスとは、ドメスティック(内の、家庭内の、などの意味)の語源で、ラテン語で「かまど」の意味です。火を囲むのが家族であったし、同じ釜の飯を食うのが家族でした。そこから派生してドムスとは「家族」の意味を持つようになりました。今はドメスティックバイオレンスという使われ方が多いのですが、ドメスティック、ドムスにはもっと温かいものがあります。
それに、糸満市摩文仁の「平和の礎」の前に立つと、かまどさんの名前の多いのに気がついたのもまた理由です。沖縄では、そんなふうに古くから「かまど」を大切にしていて重要な意味があったのでしょう。
「ドムス」は、そうした家族のぬくもり・温かさを大切にしたいという祈りを込めてつけさせていただきました。


なお、もしお問い合わせなどがあれば、
私のホームページ「人間遺産」http://www.ningen-isan.com
「手前生国は・・・」(プロフィールのコーナー)に載せている
携帯電話かメールでお願いいたします。











(※1)
アドラーはこういった。

 誰かが始めなければならない
 他の人が協力的でないとしても、それはあなたには関係ない
 わたしの助言はこうだ
 あなたが始めるべきだ
 他の人が協力的であるかどうかなど考えることなく

みずうみコレクション(3)ガンジス川 [旅のこと]

初めての海外がインドというのは、カレーを食べたことのない人が、いきなり激辛10倍カレーを注文するようなものかもしれない。

インド、ベンガル地方の「軽かった」といっていたところが、いつの間にか今は「凝る肩」になっていたが、そこからワーラーナシー(バラナシ、ベナレス、と当時はいっていた)に電車で行き、そこ、バラナシにあった日本人宿に部屋をとった。
その宿はネズミも出たし、何かが特に良かったわけではない。しいて言えば女将さんが日本人で、日本人しか宿泊しないので、比較的治安がよかった。
その3,4階建てのだいぶ年老いたコンクリートの建物は、ガンジス川沿いに、まさに川に面して建っていた。乾季であれば川の水かさも引き、ガートとよばれる沐浴のための川岸の階段がむき出しになるのだろうが、泊まっていたときは、水位が高く建物の真下まで、ホテルを飲み込むようにガンジス川が迫っていた。
ホテルの最上階にあった食事の間の窓から眼下からガンジス川を見下ろすことができた。
日本では、川上から流れてくるものといえば、大方想像がつく。希有なものとしては大きな桃があるが、実際に見た人には出会ったことはない。ガンジス川では、浮くものでお金にならないものが流れてきた。
時折死体が流れ下ってきた。
うつぶせの男の、男とわかったのは睾丸もソフトボールほどに膨らんでいたからだったが、腹部ばかりではなく全体ががぱんぱんにふくれあがって、顔を水面に埋めたまま、それから両腕も力なく頭の脇に放り投げてあった。
その男は、ちょっとした川の流れの具合でホテルにまとわりつくようにして、少し頭の向きなどを変えながら、いつまでもよどみの中にいた。
食事の間から、僕はしばらく青黒く膨らんだ男を見ていた。

泊まっていたある日、釣り竿それからテグスに針を持っていることを思い出した。
道具を持って川岸に出てはみたものの、どんな仕掛けだったかも覚えていなかったし、だいたい、餌もなかった。
と、ちょうどそこに木製の小舟が漁から戻ってきた。舳先の方に乗っていたじいさんに道具を見せて、どうしたらいいか聞いた。
じいさんは、釣り竿を一瞬いぶかしく見はしたものの、そこは漁師でどれどれと仕掛けを作って、最後に船底に飼っていたのか寄生していたのか、生きたゴキブリを取り出して針につけ、その辺に放り込んだ。
あっという間に釣れた。
のは、大きなナマズだった。
じいさんはそれをくれたので、ホテルに持って帰って日本人の女将さんにやった。
女将さんは、
「カレーにしようかしらね」といってもらった。
宿の食事にするほどの量はないので、宿泊客には出なかった。
台所近くを僕が通りかかったときに、ナマズのカレーを作ったから食べないかといわれた。
僕はもらわなかった。