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なまはんか心理学(14)マインドフルネスについての今のところの理解 [カウンセリング・心理のこと]

だいたい隔週でマインドフルネス瞑想会に参加している。
瞑想というのは、目的によっていろいろと取り組み方が変わるらしい。日本的には「無我の境地」や「悟りを得る」などというような言葉と結びつきやすいように思うが、リラクゼーションを目的としたものもあるであろう。
マインドフルネスというのはパーリ語の「サティ」の英訳で、もともとは「心にとどめておく、憶えておく、思い出す」という意味。マインドフルネス瞑想は、認知療法とか認知行動療法に分類されているのではないかと思うが、それは、「気づく」それから「気づいたものを一旦横に置いておく」という作業を繰り返すからである。
私が参加しているところでは、結跏趺坐(けっかふざ)、半跏趺坐(はんかふざ)、あるいは楽座を組みながら呼吸に意識を持ってゆく。そうしながらも、身体内外のことに意識がゆき(つまり、呼吸に意識が向いていない状態)、それに気づいたらまた呼吸に意識をもどす。ということを延々とやっている(正確には、手を動かしたり歩いたりする方法もやっているが割愛)。呼吸以外のものに意識がいったことに気づいては横に置く(あるいは、手放すといってもいい)。呼吸瞑想であるので、また呼吸に意識をもどして、となるわけだ。

雨が降り始めた音に気づいている(その気づきは横に置いといて、呼吸に意識をもどして)
脚がしびれてきたことに気づいている(その気づきは横に置いといて、呼吸に意識をもどして)
・・・
※腹が鳴ったことに気づいている(その気づきは横に置いといて、呼吸に意識をもどして)
そういえば昨日食べたラーメンはちょっと変わった味だったけどうまかったことを思い出している、ことに気づいている(その気づきは横に置いといて、呼吸に意識をもどして)
そのラーメンのチャーシューが、ぶ厚かったことを思い出した、ことに気づいている(その気づきは横に置いといて、呼吸に意識をもどして)
それにしても、あの時向かいに座っていたおやじのラーメンをすする音は下品だったということを思い出している、ことに気づいている(その気づきは横に置いといて、呼吸に意識をもどして)
こんどいつ食べに行こうかな?そうだ、あいつラーメン好きだからあいつ誘おうかなと考えている、ことに気づいている(その気づきは横に置いといて、呼吸に意識をもどして)※

と、延々と頭の中に雑念・妄想・空想といった類いのものが広がる。今書いた※から※までをここでは「昨日のラーメンスキーマ」と仮に名前をつけよう。
この昨日のラーメンスキーマは、腹が鳴ったことに端を発し、「自動的に思い出された」ことばかりだ。全く別な人の昨日のラーメンスキーマは、ひょっとしたら、腹が鳴ったから、ラオスに旅行に行こう、ということになったかもしれない。

スキーマというのは、(よくわかんないけど)ものやことや概念や感情やそうした様々なものやことをつないでいる電線だったり繋がれているものだったり、その集合だったりかなと思うのだが、その電線の繋がり具合は、ほぼ共通したものから(たとえば車のスキーマなどは似ているだろうと思う)、個々人で全く違うものまである。
昨日のラーメンスキーマに関しては、その果てに地底の怪獣と決闘しようが火星に行こうがまあどうでもいいのだが、たとえば、

会社の上司が口やかましい
   ↓
死にたい気分になる

となる場合がある。

会社の上司が口やかましい
   ↓
言わせておけばいい

となる人もいる。電線の繋がり方が違うわけですね。
じゃあ、「死にたいとなるのは辛すぎるから、配線変えたい」というときに、
この配線はだいぶ昔からの配線で、気がついたときにはそういう配線になっていた、
ということが多い。
ほとんどの人が、「自動車→タイヤが4つ」というように配線されているのを「タイヤが5つ」と変えるのは難しいのに似ています。

では、できるところからということで、配線を変えるのは難しいけど、電気を止める練習をしましょうか。
スイッチもさび付いていて、なかなか電気も切れないけど、「はい、切ります」の練習です。つまり、この作業は
「その気づきは横に置いといて」ということになります。
時間と根気のいる作業です。しかし、少なからぬ人が経験していると思いますが、錆びたものも少しずつ動かすと動いたりするものですね。そんなことに似ていると思います。
一瞬電気が切れたときに「電気を切っても問題ないんだ」ということに気づき、さらには、「違うところに電気を流しても問題ないんだ」ということに気づいてゆくわけです。

実際はなかなかそううまくはゆかなくて、すとうの場合ですが、
頭の中には次から次にさまざまなことがぼこぼこと湧く。昔の思い出(思い出は昔のことに決まっているが)、今抱えている仕事のこと、思い出すと頭にきて怒りが止まらないようなこと。寒いとか暑いとか。昨日会った人のこと。特に仕事の上で重要なことが浮かんだりすると、「それを横に置いといて」とすることにはかなり抵抗があるようだ。
とにかくいろんなことが頭の中で「かつ消えかつ結びたるうたかた」のように湧き起こる。
他の人よりも「うたかた」が多いとか少ないとかは、全くわからないが、収拾がつかないほど次から次に沸きあがる。頭の中が爆発しそうになります。本当です。
そうした一つひとつのうたかたというか、気づいたことを「今はそれを横に置いておき」ということの繰り返しは、たとえば、武道館のタマネギの皮むきに似ているかもしれない、と思っている、ことに気づいている。とかとかの繰り返し・・・

たとえばこの作業を10年続けた時をイメージしてもらいたい。「無我の境地」とはいかないだろうが、多少なりとも生きるのに楽なように働く自動配電システムが作動するようになると想像できないだろうか。ひょっとしたら、新しい友達のさとるくんがたま〜に遊びに来るかもしれないし。















書いていることに間違いもあろうかと思う。先達にご教示をいただけたらありがたい。

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