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マリーが教えてくれたこと、または、哀れについて                           [いろいろ思うこと]

マリー・ローランサンのこの詩に出会ったのは、20代のことだったと思う。
題も忘れていたが、あらためて見てみると「鎮静剤」だった。
「何々な女より もっと哀れなのは」が何度も繰り返され、「鎮静剤」?

この詩を思い出したのは、アメリカのTのことを考えていたからだ。
人を指さしで非難し、おまえは黙れ、おれの言うことをきけという。
おれの言うことをきかないなら、おまえの首はきってやる。
トランプゲームなら勝っても負けても笑って一緒に遊んで楽しかったと言えるだろうが、
生身の人間はトランプゲームをしているわけではない。
ひとは様々な思いを抱えながら、それぞれの人生を生きている。

私はある種の人を見ていてときどきこんなことを言いたくなることがる。
「この土地がおまえのものだというなら、死んだときに持ってゆけ」と。
持ってはゆけない。
理由は簡単で自分のものではなく借りているものだからだ。
自分の肉体も含め、借りているということを意識し
「借りているものは返さなければならないから、大事に使わなければ」
と思うと何かが変わる可能性があるのではないだろうか。

Tのことを言うのにどのような言葉が自分にとってしっくりくるのかわからない。
わからないながら今の感じをマリーに助けてもらいながら言葉にしておこうと思う。


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  鎮静剤  
         マリー・ローランサン  (堀口大學訳)


 退屈な女より もっと哀れなのは
    悲しい女です。
 悲しい女より もっと哀れなのは
    不幸な女です。
 不幸な女より もっと哀れなのは
    病気の女です。
 病気の女より もっと哀れなのは
    捨てられた女です。
 捨てられた女より もっと哀れなのは
    よるべない女です。
 よるべない女より もっと哀れなのは
    追われた女です。
 追われた女より もっと哀れなのは
    死んだ女です。
 死んだ女より もっと哀れなのは
    忘れられた女です。

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 忘れられた女より もっと哀れなのは
    人の心に触れたことのない男です。


今の私はそんなふうに思う。
私はT本人に会ったことはない。大きな誤解があったら申し訳ないと思う。 
「Win Winの関係」などというのも時に白々しい感じがしないでもない。
でもないが、「自分ひとりだけ」が「幸せ」ということもあり得ない。






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