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日本、小径計画 [いろいろ思うこと]

小径計画(こみちけいかく)ということを考えた。
どういうことかというと、ただその地域そこ地域で、小径(基本的には一本道)を
整備する。そこに名前をつける。何でもいいのだが、思いつきで書くと・・・
「やんばる横断小径」沖縄本島北部、やんばる地域を横断するというコース。
歩行距離21キロ。宣伝文句は「歩くからこそ出会えるヤンバルクイナ」とか。
21キロだったら、途中にトイレときゅうけいができる東屋を作ることが必要だったり。
以前住んでいた長野県阿智村だったら、「あぜ道だけを歩いてもこんなに歩ける小径」14.7キロ。
「おひな様の小径」1.3キロ。
京都なら、それこそそのまま「哲学の小径」から始めてなにやらたくさんできそうだし。
富良野なら「恋人と織るパッチワークの小径(秋がお勧め)」
鳥取砂丘なら「砂だけの小径(体力ある人限定)」でもなんでも。
福島にだったら「智恵子が愛した小径」があったらちょっと歩きたい気分。
原宿表参道なら「こんなに人がいるのに小径」1.5キロ
友人が奈良県の十津川村に住んでいるが、「山奥すぎて誰も来ない小径(でも山菜や
キノコとれるかも)」といわれると、じゃあ、オレがいってやるぜと言いたい気分。
田舎の隣町はダリアが有名なので「ダリアの小径(期間限定)」ベタでOK。
たまたま今日ラジオで聞いたのだが、その地域では棚田の土手の草刈りが大変だから何か植えようということになって、みんなで話し合ってシバザクラを植えたのだそうだ。それがなかなかいい風景で季節には訪れる人も増えているらしい。そのような所にも、たとえば「早春の風に吹かれるシバザクラの小径(春限定)」などなんでもいい。
名前がついていれば、「そこに」行こうと思う力が働く。
ようは何でもいいのだが、安全に歩ける道があって、そこに「なんとかの小径」という名前があって、
距離によってはトイレの設置、場所によっては駐車場の確保が条件となったり、
あるいは、簡単に往復できない径では、径の端に公共の交通アクセスが必要だったりもするだろう。

金閣寺に名前がなかったら今ほど人は訪れない。
「百名山」があると百名山に行ってみたくなる心理。
登山では登山用品の店が儲かるだけだが、「小径」をつくれば、地域の活性化が見込める。
登山の道具をそろえずに歩け、健康にもよい。地域の共同体意識が生まれやすい。
整備の予算があまりかからない。地域をきれいにしようという意識が高まる。










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